茶の湯 かおり会(武者小路千家)新潟市

千利休 直系の3つの茶の湯「表千家、裏千家、武者小路千家」のひとつ、武者小路千家のお茶を新潟で一緒に楽しんでみませんか?

恩師との別れ

今年(2024年)は、元旦の石川県能登半島地震、2日の飛行機事故と心の痛む出来事から始まりました。亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、被災された皆さまに心よりお見舞い申し上げます。

こちらのブログでも清々しく新年の御挨拶をする気持ちにもなれず、時が過ぎてしまいました。今更ですが、、、本年もよろしくお願いいたします。

日本中が胸を痛めている中、さらに追い打ちをかけるように信じられない知らせが入りました。

私の最愛の恩師が、天国へ旅立たれた、と。

 

 

まさか。そんなわけ。頭が真っ白です。だってついこの前、そう1週間前にも、またその前のクリスマスの日にも元気にお電話したばかりなのに。(月に2,3回は他愛のない話を1時間以上させて頂いていました)

1月のお家元の初釜に参加するかという話では、今回は参加せずそのお金をプールして、コロナ禍で先送りにしていた道名(お茶で頂くお名前)を今年の3月に、やはり先生がお元気なうちに一緒についてきて頂いて申請したいと、じゃあ1月の東京のお稽古で先方に伝えるね、1月になったらもう一度言ってね(忘れないように)。先生はまだあと10年は頑張るから。誰か他にもいればいいんだけど、今道名欲しい方はいないからあなた一人で負担になるけど大丈夫?などなど・・。

先生のいつもの温かな声で色々な会話が思い出されます。

 

私が19歳の頃、受験勉強から解放され、何に打ち込んだらいいかフワフワしていた時に、身近にいた素敵なお姉さんが通っていた「お茶」を何となく「長く続けられそう」という軽い気持ちで真似して通い始めたのが先生との出会いでした。

お茶の流儀も知らず、本当に何も知らなかった私に手取り足取り教えて下さり、今思うと相当失礼な生徒でした。もっと予習、復習してお稽古に臨んでいれば今頃もっとしっかり身についていたはずです・・。

あれから23年間、先生は「お茶の先生」ではもちろんありましたが、若かった私に、時には母のように話を聞いてくださり、寄り添い、叱り、励まし、助言してくださいました。

仕事の後に夕飯を食べずにお稽古へ向かうと、温かいご飯を出してくれました。

学生でお金の無かった私に、皆には内緒よ、といろいろ、本当にいろいろ、手を差し伸べて下さりお世話になりました。

結婚、出産、新潟への引っ越し、私の母の死。お茶には関係のないことも何でも、どんな時も大きな愛で包み守ってくださいました。

 

若い頃たくさんお世話になった分、新潟に越してきてからも、年に4,5回は仙台まで車で片道約4時間運転し、多少無理をしてでもお茶に通い続けました。家族に負担はかけてしまうが、先生がお元気なうちに少しでも多くを学びたい、あと何回お稽古できるだろう、吸収したいという思いでした。(若い頃真面目にノートを取っていなかったツケが回ってきただけかもしれませんが)

 

私が最後にお稽古に行ったのは、2023年11月11日。いつも行くと4時間くらい、みっちりと3つも4つもまとめてお稽古して下さり・・。脳みそフル回転です。

みんなは中置をやっているけどあなたもどう?と言われましたが、中置は前年にお薄・お濃茶・唐物と復習しノートに書いていましたので、すみません、中置ではなく普通の盆点でお願いします、と盆点を風炉でしました。盆点はテキストが無いので自分の記憶とノートだけが頼りです。前のノートに足りない所を補いながら復習しました。

 

2023年5月の輪王寺のお茶会も水屋のお手伝いに行けて、今思うと幸せでした。行って良かったです。欲を言えば前乗りして当日朝からちゃんとお着物を着て、お点前やお運びもお手伝いできればよかったなと思います。

2、3年前頃でしょうか、気づけばたくさんいらっしゃった姉弟子たちはもう一人も残っておらず、私が最も古い生徒になっていました。

今まで当たり前にいらっしゃった素敵な先輩方は、それぞれの事情で少しずつ減り、最後まさかの憧れのお3方が同時に辞められた時はとてもとてもショックで涙が出ました。私がそうなのですから長年頼りにしていた先生はもっと落ち込んでいたと思いますが、お稽古に行くと「そんなの考えたって仕方ないじゃない」と気丈に前を向いていらっしゃいました。

 

先生は大変控えめな方でしたから、私が新潟でお茶を教えようか迷っているとご相談した時もとても喜んでくださいましたが、「先生の名前は出さないでね」と言われていましたのでここにも個人名は載せません。

正直、まだまだお聞きしたい事、ご指導頂きたいことがたくさんあり、この先とても不安です。けれど、先生がまいてくださった種、残した想いを受け、次の世代へつないでいく、いやそんな大げさなことはできませんが、微力ながらお茶を続けていくことが、先生への恩返しになればいいなと思います。

今まで本当にありがとうございました。

これからは天国から見守っていてください。