↑仙台駅東口。もはや私のいた8年前とはまるで様変わりしています。
先日、仙台へ自分のお稽古に行ってきました。
お掛物は「喫茶去」(きっさこ)
立花大亀老師の御筆です。
意味はご存知、ただ、お茶を飲むだけ。
簡単なようで、とても深い言葉ですね。
でも深いようで案外、そんなウジウジ悩まないで、まぁまずはお茶を一服飲みなさいな!とカラッと言われているようにも感じます^^
その日の私の主なお稽古は、
お炭(炉)、お薄(炉)、唐物(鶴首)、壺飾りでした。
久しぶりの炉のお点前。
お恥ずかしながら暴露しますと(自分への戒めとしてここに書き留めておきます)、お薄の炉で、「柄杓のごうを落として置く」ということを「ごうを落とさずに」置いてしまうという初歩的なミスを3回もしてしまいました。わー…自分でも情けない。本当に何年もお稽古しているのかって、我ながら恥ずかしい。というより先生に対して申し訳ないです。しっかりお稽古ノートに書きました。本当今更です。ごめんなさい。
それにしましても、久しぶりのお茶室でピリリとした緊張感のもとで行うお稽古は、本当に得難い貴重な時間であると、噛みしめながらお稽古しました。
仙台に住んでいて毎週お稽古に通っていた頃にはこの気持ちはわかりませんでした。いま新潟に住み、思うように通えなかったり、期間があいたり、自分が他人様に教える立場に立ったからこその、当たり前ではないんだという感謝の気持ちで、充実した、濃く深い時間でした。
教えると云う事は、お道具を準備して、メンタルの準備もして、教える時間を過ごし、そしてその後一人で片付けをするというご苦労があります。
私のしていることは先生の何分の一にもなりませんが、想像しただけでもありがたく、何気ない話をしながら、この自分のいる状況に目が潤んでしまう瞬間がありました。
炉じまいされる前にもう一度お稽古に行きたいです。
今季は雪があまり降りませんように・・